岩手県 宮古市
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居酒屋 こがねやhttp://www.asahi.com/national/update/1216/TKY200812160003.html
「母さん、いつもの」
カウンター9席だけの4坪の小さな店内に常連客の声が響く――。岩手県宮古市の飲食店街「大通」の裏通り、おでんが自慢の居酒屋「こがねや」が、20日で閉店になる。屋台時代を含め56年、常連客から「母さん」と親しまれる小金渕房子さん(81)がひとりで切り盛りし、多くの人が集った。港町宮古の喜怒哀楽とともに歩んだ名店が、またひとつ消えていく。
小金渕さんがおでんと大判焼きの屋台を始めたのは1952年。北海道えりも町出身で、49年に兄の戦友だった夫と結婚し宮古に来た。親類も知り合いもいない地で、稼ぎの足しにとの思いだった。
屋台で11年間、商売をした。子どもが小さいころは連れて稼ぎ、おんぶしてかえったという。市内で屋台営業の許可が出なくなって店を構え84年から今の場所に来た。
市役所や振興局の職員、裁判官、企業の支店社員、スナックのママさん、漁師ら様々な職業の客が店にあふれ、時には立って飲んだ。屋台時代からの客の孫も常連だ。
屋台時代、宮古のサンマ漁の全盛期には、全国から600隻が集まり、漁師たちは腹巻きに何十万円もの札束を入れて屋台に来た。時化(しけ)で船が沖止めされた漁師たちを、夫に事情を話して自宅に泊めたこともあったという。
営業は午後5時半から午前1時まで。日付が変わるころまで客が来なくても閉めない。「そういう時間から稼ぎ出す日もある。お金もらうのって大変なのさ。楽してもらえないのさ」という。
自慢のおでんは、昆布やホタテ、たこなどを使った秘伝の出汁(だし)に大根、豆腐、こんにゃく、卵などのたくさんの具を仕込む。「その辺のおでんとは違うよ」と、小金渕さんは胸を張る。誕生日翌日の12月20日に閉店すると決めたのは「たくさん稼がせてもらったから、元気なうちにやめたい」から。お客さんへの思いは深い。
出漁前に飲みに来ていた漁師の工藤募さん(44)は、「ここくらいいろんな人が来る店はない」。市役所の当直員、阿部馨さん(69)も、「人生の悩みにアドバイスしてもらって、みんなホッとしてさ。さびしい限りだね」と名残を惜しむ。
「お客さんにはここでストレス置いてけっていうの。家さ持っていくもんじゃないよ。心にためちゃ駄目だよって。笑う門には福来たるっていうじゃない」といつも笑顔を絶やさない小金渕さん。「みんなに愛されて、ここまできた。孫がご苦労さん会を開いてくれるんだよ。本当に幸せもんだ」。師走の路地裏で、最後の日まで、変わらぬ笑顔で客をもてなし続ける。(朝倉義統)
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